かかりつけの歯医者

40代後半になってから、歯周病や知覚過敏の症状で、幼なじみがやっている近所の歯医者さんにずっとお世話になっていて、3カ月または1カ月おきに治療に通っていた。
入院中は、病院に付属している歯医者さんが、口内炎の状況や歯や歯ぐきの状況を診てくれていて、退院時に、紹介状を書いてくれて、かかりつけの歯医者さんに渡すように言われていたので、今日はそれを持参した。
いつもはひょうきんな幼なじみも、さすがにちょっと深刻な表情で紹介状を読んでいたけれども、状況はわかってくれたらしく、いつも歯垢や歯石の除去をしてくれる歯科衛生士の人に、下あごの歯ぐきの状況確認とクリーニングの指示を出してくれていた。
入院前は、かなり気をつけて歯磨きをしていたけれども、さすがに入院時は気力が低下気味で、歯磨きも最低限のところしかやっていなかったので、状況が悪化しているのではないかと心配だったが、歯ぐきの状態が悪くなっているということもなく、クリーニングをして、虫歯予防のためにフッ素を塗布していけば大丈夫だろう、とのことだった。
今回入院して、比較的口内炎が軽かった(とは言うものの、けっこうなダメージだったけれども)のには、こまめな歯磨きやうがいだけではなく、それ以前に、定期的に歯医者さんに診てもらって歯周病などがほとんどない状態だった、というのも要因としてあるかもしれない。

口腔内の細菌の数が少ないほど、口内炎などになりにくいらしいので、歯の状況を定期的に歯医者さんで確認してもらう、というのも大切なことだろうと思う。

何とか食べられるご飯まとめ

最近、やっと、塩味と酸味の感覚がもどってきたようだが、甘味がまだ弱いので、オムレツのようなものを作ってトマトケチャップをかけても、いまいちファーストフード的なおいしさがない。
また、トマト類は、まだ完全には治りきっていないかもしれない喉にしみたりもする。

ただ、退院当初に比べれば、かなり食事も楽になってきている。
そこで、忘れないうちに、退院当初の、

  • 唾液が出ていなくて、
  • 味がわからない、

という状態で食べていた食事をまとめてみた。

まず、唾液が少ない状態をなんとかしないと、ご飯やパンを飲み込むことが出来ない。
ある程度唾液が出ている状態なら、お粥(全粥)という手段もあるが、もっと唾液が出ない状態(たとえば、自分の場合は、放射線科のお医者さんのシミュレーションに依れば、放射線治療前の30%程度しか唾液が出ていない状態)だと、全粥すらねばねばして飲み込むのが難しかった。
五分粥など、もっと水分量を増やした粥にすると、今度は、せっかく食べてもカロリーが低すぎて、1日に必要なカロリーを食事で摂取することが困難で、結果的に体力を落としてしまうことになる。
結局、自分は、入院中、ある程度唾液が出なくなってからは、カロリーのことを考えて、全粥ではなく、普通のご飯に味噌汁や白湯をかけて、お茶漬けのような状態でご飯を食べていた。

退院して、自宅で療養を開始した時には、喉も痛いし、味覚もまったくなく、何を食べても、それこそ水を飲んでも塩辛くしか感じないような状態で、かつ、絶えず水を口に含んでいないと喉がからからに渇いてしまうくらい唾液が出ていない状態だった。

その状態で、カロリーを確保しつつ、タンパク質やビタミン類、食物繊維なども確保するために食べていたのは、味をつける前に取り置いてもらったおかずと、卵かけご飯だった。
卵かけご飯は、お茶漬けほどシャバシャバしていないので、水分でお腹が張る、というようなこともなく、かつ、米粒そのものは卵のおかげでけっこうすんなりと飲み込むことができて、かつ、タンパク質も十分取ることができる、という優れもの。
さすがに毎食味がないままの卵かけご飯を食べていると飽きが来るので、少し大きめのお茶碗一杯分の卵かけご飯のうち、最初はそのままで、味に飽きてきたら、刻み海苔をかけて、香りに変化をつけて食べるようにしていた。

退院後2週間から3週間ほどたつと、何を食べても塩辛い状態は改善されてくるので、おかずは家族とほぼ同じものを食べられるようになった。
ただし、のどにしみるトマト系の味付けやコショウなどの香辛料を使う場合は、それよりも前に取り置いてもらっていた。
ご飯は、食べやすい卵かけご飯。

会話

以前から毎月末の日曜日にボランティア的な活動に参加していて、入院のためしばらく欠席だったけど、今月はひさびさにその活動に参加することが出来た。
喉の乾燥を少しでも防ぐためにマスクをして、かつ、飲料用の水のボトルを片手に参加したが、会話をすると思った以上に口が乾燥することがわかる。
ほんの数分、会話をしただけで唾液が粘く感じて、マスクを外して水を飲まないと会話が続けられない。
放射線科のお医者さんのシミュレーションに依れば、今は、以前の30%ぐらいの唾液量になっているとのことだけれども、以前はどれだけ唾液が出ていたんだろう、という感じ。
2年ぐらいで70%ぐらいまでは回復するだろう、とのことだったけれど、70%では、かなり寡黙な自分を保つ必要があるのかもしれない。

味覚については、塩味に続いて、酸味も、少し感じるようになってきたのかもしれない、という気がする。
こればっかりは、あまりちゃんと測定する方法がないので、どの程度回復しているのかよくわからないが。

日中、立ったまま活動していたせいか、夜にはなんとなくポテトチップスを食べたくなって、袋を破ってバリバリ食べていたら、妻に、そんなものを食べて大丈夫なのか、と驚かれてしまった。
もちろんそのまま食べても大丈夫なわけではないので、片手には水が入ったコップを握りしめていたんだけれども。
うまみや塩味は、なんとなく感じることが出来るようになってきたかもしれない、とはいうものの、こういう吸水性のある食品に対しては、圧倒的に唾液量が少ないので、一口食べては水を飲む、という動作が欠かせない。

医療保険の手術給付金

先日、外来で胃瘻抜去を行った際の診療費の領収書を見ると、手術料の欄に金額が入っていて、本人的には、あれで手術なのか、という軽い驚きがあったんだけど、同時に思ったのが、これって、もしかして、手術給付金の対象になるんだろうか、というお金に関すること。
自分の場合は、生命保険の医療特約として、入院時と手術を受けたときに給付金が支払われる契約をしている。

手術の給付金については、今回の一連の手術をうけるまで、契約の存在すら意識したことがなかったけれども、どうやら病院でもらう請求書の手術欄に金額が入っているだけで給付金がもらえるということがわかって、保険も役に立つことがあるんだな、と思った次第。
自分が入院したり、手術を受けたりすることになるなんて、本当に予想もしていなかったので、医療特約の部分については、まったくの掛け捨てのつもりだったのに。

でも、確かに涙が出るくらい痛かったとしても、あんな瞬間芸みたいなのが本当に手術に該当するんだろうか、とかなり疑問だったので、最近、すっかりおなじみになってしまった生命保険会社の担当の方に電話をかけて、外来で胃瘻抜去術というのを受けたが、これが給付金の対象になるのか調べてもらうことにした。
すると、翌日には回答があって、給付金の対象に該当するので、請求のための書類を送る、と連絡があり、今日、その書類が手元に届いた。
さっそく、請求書に記入して生命保険会社に送ったが、このへんは、病院でもらう診療費の請求書の内訳に目を通していなければ、自分も請求しなかった可能性が高い。

医療保険に入るかどうか、というのは、別の意味で議論の余地のあるところなので、一概におすすめするつもりはないが、すでに医療保険に入っているのだとしたら、もらえるものはありがたく頂戴することにしたい。
そのためにも、病院でもらう診療費の請求書はきちんと目を通すべきだと思う。

また、がんの治療などを受けると、年間で考えるとそれなりの額になることが予想されるので、確定申告で医療費控除を受けるためにも、きちんと領収書を保存しておく必要がある。

今回自分が経験して、へー、と思ったのは、

  • 一度に行った手術だけれども、悪性腫瘍だった左の扁桃腺を除去する手術と、そうでなかった右の扁桃腺を除去する手術は、別々の手術として扱われる、
  • 瞬間芸だったにも関わらず、胃瘻抜去術は手術給付の対象になる、

の二つ。

すでに医療保険に入っているのなら、もれなく請求できるように、診療費の請求書にはきちんと目を通して、もしかして、と思う内容があれば、おっくうがらずに保険会社に問い合わせてみるべきだろう。

水の味

最近、ようやく、水を飲んでも塩辛く感じる状態は改善されてきたように思える。
(気のせいかもしれないけれども。)
それに伴って、家族と同じ食事を、水やお茶を頼りに、なんとか食べられるようになってきて、ずいぶんと食生活が楽になった感じがする。
もちろん、味はないので、美味しくいただけるわけではないが、喉の痛みや舌に出来た口内炎の痛みを我慢しつつ、すべてのものが塩辛い状態で食べるよりは、はるかにましだと思う。
まだまだ回復には時間がかかりそうだが、それでも、少しはましになっている、と実感できるだけありがたいとは思う。

胃瘻抜去1日後

特に違和感なく過ごしているが、さすがに1日以上ガーゼをしたままだったので、これはまずいかも、と思って、夕方、こわごわガーゼを外してみると、かなり血と浸出液がにじんだ感じだった。
ただ、胃瘻があった場所からは、もう何か出ているという状態ではなくなっていたので、大きなガーゼの代わりに、絆創膏を貼り付けておいた。
これで、身体を動かしたときの違和感もほとんどなくなった。
あとは胃瘻の場所が盛り上がってくれば、跡も目立たなくなるらしい。

胃瘻抜去

退院後2週間ということで、外来で、腫瘍内科+頭頸科+放射線科のそれぞれのお医者さんの診察。
そして、待望の胃瘻抜去

まずは、腫瘍内科の診察に備えて、採血。
主に、白血球の値や、肝臓・腎臓の働きを示す指標を確認するために、入院中も、ほぼ毎週のように採血されていた。

次に、胃瘻抜去。
胃瘻外来のお医者さんから、食事は口から摂れてますね、と一応の確認があって、じゃ外しましょう、ということでベッドに横になると、お医者さんが、なにやら細長い金属製の器具を持ち出して、その先を胃瘻の穴に。
胃瘻に突っ込んだ器具を操作してから、器具ごとお医者さんが力任せで引っ張って(いるとしか思えなかったけど)、胃がきゅうっと引っ張られる感じがして、その直後、涙が出るくらいの激痛が胃瘻の穴の開いているあたりを襲う。
え、こんなに痛いなんて。
すごく痛いんですけど、と文句を言うと、お医者さんは、あたりまえです、胃瘻を作るときは麻酔してますが、今は麻酔してないですからね、と事も無げに。
こんなに痛いのなら、あらかじめ、ちょっと痛いですよ、とか言って欲しかった。
看護師の方とかは、採血の時でも、ちょっと、ちくっ、としますよ、と優しく声をかけてくれるのに、外科医というカテゴリーのお医者さんには、そういう発想が全くないのかもしれない。
今頃、それを学習してもかなり手遅れの感はあるが。

しばらく胃瘻のところをガーゼで押さえてくれていたが、押さえていたガーゼを外して見て、まだ出てる、とお医者さんはおっしゃって、再び、別のガーゼを胃瘻を抜去したあたりに押し当てて、もうしばらく押さえてますね、と。
これはたぶん、胃瘻のところからの出血が思いのほか多かったんだろうか。
まさか、胃の中身が出てきたわけじゃないと思うけれども。
しばらくたったら、看護師の方が、そのガーゼを覆ってしまうくらいの大きな絆創膏でお腹に貼り付けてくれた。

抜去後、食事は、2時間後から、軽食なら可能ということだった。
腫瘍内科の外来が終わったのが2時頃で、それから移動したため、お昼の軽食を食べたのは、ほぼ6時間後になるが、特に異常はなく、ちょっとほっとした。
しばらくの間は痛みがあったが、そのうち、少し違和感がある状態に落ち着いてきた。
たぶん、絆創膏で大きいガーゼを貼り付けているので、それによる違和感もあったと思う。
これでめでたく、holeフリーに。

その後、頭頸科のお医者さんの診察で、いつも通りに、喉をスコープで見た後、首を触って感触を確かめて、では、次は一ヶ月後にまたお目にかかりましょう、ということに。
放射線科のお医者さんとは、胃瘻抜去の話になり、お医者さんから、結局使わなかったんですか、と尋ねられたので、ここは少し胸を張って、なんとか使わずに済ませました、と言ったら、人によって放射線の感受性は違うけれども、セルフケアもしっかりやられていたからだと思う、とほめられたので、やっぱりちょっとうれしかった。

腫瘍内科のお医者さんは、血液検査のデータを確認して、特に問題のある数値はないので、今回の治療に関してはこれで腫瘍内科としては終了です、とのこと。
もし、再発などがあれば、またその時に相談することになりますが、そうならないと良いですね、とおっしゃっていただき、申し訳ないがもうお目にかかりたくはない、と内心思ったものの、一応、にこやかに、そうですね、と返事をしておいた。

退院の報告

放射線治療をした病院の腫瘍内科のお医者さんに紹介状を書いてもらっていたので、それを持って、首の腫瘤摘出や扁桃腺の手術を受けた病院のお医者さんに退院の報告。

治療内容や検査値の推移などはすべてその紹介状に書かれているので、それなりに状況を把握してもらったご様子。

放射線治療による皮膚の日焼けのような症状も診てくれて、これを貼っておきましょうか、とフィルムのような物を貼り付けてくれた。自然にはがれるまでそのままにしておけばよい、とのことで、結局、数週間、皮膚に貼ったままになっていた。たぶん、このフィルムのおかげで、痛がゆい状態も軽減されて、治るまでの期間も短縮されたのではないかと思う。

実は、このお医者さんは、漢方薬に傾倒しているらしく、自分にも口内炎に良く効く漢方薬を紹介してくれようとしたんだけど、自分が、もしかして半夏なんとか湯っていう漢方薬(半夏寫心湯)なら友達に紹介してもらって試してるんですけど、と言うと、ちょっとがっかりしたふうで、その漢方薬が口内炎には一番良く効くといわれているので試してみてください、とのことだった。

退院時のことがあるので、ちょっと心配で、今日は病院まで娘に付き添ってもらった。
もちろん無事だったが、体調的にも、退院直後に比べれば少しはましになってきている感じがする。

放射線治療の予後

病棟の看護師の方の話を総合すると、放射線照射による皮膚の火傷のような症状は、だいたい治療終了後10日ぐらいがピークで、喉の炎症は、その後に徐々に治っていくことが多い、ということだったので、今の自分は、きっと最悪の状態にあるに違いない。

鎖骨から首にかけては、毎日ステロイド剤と保湿ローションを塗っているが、痛がゆい状態は緩和されて、ちくちく痛い状態になってきて、かつ、全体に、かなり濃く着色してきた。
まあ、良く言えば、日焼けが落ち着いてきた状態に近づいているような気もする。
ただ、これから、どういう経過をたどるのか見当も付かなくて、派手に皮がむけてしまったりしないことを祈るしかない。
ちょうど、丸首もU首も、襟ぐりの当たるところが患部になっているので、服を着るのがやっかい。

喉は、相変わらずうがいをして、できるだけマスクをして過ごすようにしているが、なかなか回復の兆しは感じられない。
まあ、でも、治るときが来ないと治らないんだろうから、そこらへんは、達観するようにしないといけなんだろうな。

自宅療養開始

首の部分の痛がゆさは相変わらずで、保湿ローションとともに、病院でつけていたステロイド剤をつける。

喉の痛みも、すぐに良くなる傾向にはなく、今時点では、いったいいつになったら良くなるんだろう、という思いで、食事の苦行を続けている感じ。